日本橋神社巡り

_1350916

お昼に人形町のロイヤルパークホテルで
新年賀詞交換会があったので、
茅場町から歩いて向かったが、
途中、いつもお参りする茶の木神社で
お参りしようとおもったら、
ちょうど日本橋七福神めぐりの人たちが
行列をなしていて、断念。

_1350918

この神社は、生け垣が茶の木なのだが、
今年は、この茶の木から作られたお茶を混ぜた
「神茶」というのを販売していた。

もちろん、買ってみまたが、静岡茶とのブレンドということで、
おそらくこの茶味だけを楽しむことは無理なんだろうなあ。

茶の木神社の御朱印は
この時期だけしかいただけないので、
頂戴してきた。

_1350928

新年賀詞交換会のあとは、
同じ人形町にある椙森神社へ。

ここも日本橋七福神の一つなので
行列が・・・。
このあたりはその昔杉がたくさんはえていたんだとか。
なんだか考えられないなあ。

_1350929

藤原秀郷が平将門の乱鎮定のため戦勝祈願し、
その後、白銀の狐像を奉納したのが始まりといわれるが、
文正元年(1466年)に大田道灌が雨乞いに霊験があったとして
山城国稲荷山五社大神を勧請して祀ったのが神社としての始まり。

主祭神は倉稲魂大神。つまりお稲荷さん。
でも、さすがに歴史があるだけあって、
普通のお稲荷さんとは違うのがおもしろい。

_1350933

面白いことに、
ここでは神社と恵比寿の二つの御朱印をくれる。
僕としては神社巡りなので、神社のほうを頂戴したのだが
のあたりの神社はことごとく倉稲魂大神というのもおもしろい。
江戸文化は稲荷文化でもあったのだろうか。

ちなみに相祀されているのは素戔嗚、大市姫大神、
大巳貴大神というのもなんだかとってもおもしろい。
大市姫大人は素戔嗚の奥さん。
その子供が宇迦之御魂神(=倉稲魂大神)と大年神。
なぜ大年ではなく大巳貴大神(大国主)なのだろう。

_1350926

ついでに近隣の出世稲荷に立ち寄ってお参りしてきた。

元和三年(1617)、京都伏見稲荷より祭神を勧請し、お祀りしたのは始まり。
初代市川団十郎が日参して、出世したことから有名になったらしい。

以来、商家・芸能など多くの信仰者が数多く出世したらしく、
この「出世稲荷」の名前がついた。

振袖火事(1657)、安政大地震(1854)、明治の大火(1873)、
昭和20年の東京大空襲による戦災まで免れたらしい。
いまは、マンションの下に小さく祀られている。

_1350940

そして最後は、我らが兜神社。
ここは明治11年(1878)5月、東京証券取引所が出来た際に立てられた新しい神社だが
境内には、前九年の役(1050年)に
源義家が東征のみぎり願を懸けて戦勝を祈願した兜岩があり、
日本橋兜町の由来ともなっている。

_1350938

ここももちろん周辺の神社と同様、
主祭神は倉稲魂大神。ここもお稲荷さんだ。
しかし、相祀は大国主神と事代主命親子。
この辺がなんともおもしろい。
まあ、新しい神社なので、そういう風になったのかもしれないが、
倉稲魂大神は大国主と兄弟のはず。
それとも一体だったのか?

_1350935

神社の由来と神々の系譜は、
本当におもしろい。


茶ノ木神社
住所:中央区日本橋人形町1-12-10

椙森神社
住所:中央区日本橋堀留町1-10-2

出世稲荷神社
住所:中央区日本橋堀留町1-6-11

兜神社
住所:中央区日本橋兜町1-12
by darjeeling_days | 2016-01-04 18:15 | shrine:神社・稲荷神社 | Comments(0)

美味しいものを食べて、旅して、写真を撮って、本を読む。そんな日常の極上の楽しみを切り出した、至極個人的なブログです。https://www.tearecipe.net/


by darjeeling_days
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31