2月になった
2019年 02月 02日
2月というのは微妙な月だ。春にはまだまだ間があるが、ある意味春を象徴する梅が咲き誇る。でも、案外寒い日が多く、場合によって関東でも雪がちらつく。
昔入り浸っていた喫茶店は、2月といえども気温差で窓ガラスに結露が出来ていることが多く、そんな窓から外を眺めながら、雪を残した丹沢に思いを馳せたりしたものだった。
節分は、昔から豆まきと相場が決まっていて、ここ数年の恵方巻ブームは節分を主婦の公認手抜き日として認定したような感じだったが、今年はなぜかすっかり忘れてた。
ところで、2月2日。節分イブ。
この日は昔はとっても大切な日だった。この日になると、なんとなく気分が落ち着かず、なんとなく一日がとっても長く思えたものだった。高校時代の僕はといえば、本屋で気に入った本を買って、いつもの喫茶店にそれを持ち込み、ぱらぱらとめくりながら、隣の椅子にはリボンを掛けた袋を置いて時折それをぼうっと眺めた。
珈琲は苦いから、砂糖とミルクは必須だったけれど、トワイニングのダージリンのパッケージの紫色が好きで、珈琲を飲まない日はそんな紅茶ばかりを飲んでいたような気もする。何故かといえば、トワイニングのパッケージの色が好きだと、同じクラスの女の子が言っていたのを思い出したからだった。
2月2日は、その女の子の誕生日だった。今のようにスマフォがない時代、すれ違わずに会うということがとっても難しかった時代、プレゼントを渡せるかどうかという一大イベントが、一生分の労力を使い切るがごとく大変だった。会えなければそれまで。だからこそ、僕は無心になんかなることが出来ずに、いつもの喫茶店のカウンターで、彼女を待っていたのだった。
季節的には春の始まり。節分の翌日が立春だ。2日前もいわゆる春の始まりだと考えていいだろう。そんな微妙な季節。今年は思ったよりも暖かく、散歩するときにダウンジャケットなどを着て出てしまったために、ザクザク歩くと額にうっすらと汗をかくぐらいだった。
節分イブ。いま彼女はどこで何をしているのだろう。途切れてしまった思いは、二度と届くことはなかったけれど、今でもなんとなくこの日になると、思いは遠くあの日に帰っていく。
by darjeeling_days
| 2019-02-02 10:00
| word:言葉
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