代々木八幡遺跡
2020年 01月 17日

初代から代々木公園に向かって細く伸びる半島になっている。
こういう半島には神社が多くあるのだけれど、
中沢新一が『アースダイバー』で、
台地が突き出した岬の突端は縄文時代からの聖地で、
そのような土地に神社や仏閣が多いといっている。
まさにこの代々木八幡宮の境内には
縄文時代の遺跡が存在しているのだ。
武蔵野台地がリアス式海岸のように
えぐれた岬の突端というのが正しいいい方か。
幡ヶ谷丘陵の南方に突き出した半島の端で、
海の退きはじめた沼のようなところに面していた。
縄文時代は海水面が今より高かったので、
きっと海を望む高台だったのだと思う。
背後にはカシやナラの森が広がっていて、
その名残は境内にあるアカガシの大木が彷彿とさせる。
他には多摩センターとかにもあるので
そのうちまた見学に行って比べてみよう。
昭和25年(1950)に渋谷区でここを発掘したところ
多数の遺物とともに、ロームを浅く掘りくぼめた住居と
その中に掘られた柱穴が発見されたことが掲示されている。
加曾利E式土器が出土され、
この住居には約4500年前に
人が住んでいたという。
その住居跡が境内に復元されている。
住居跡は柵に囲まれた中に建っているので
外から観察するしかないのだけれど、
柵から住居跡までの距離はわずかなので、
あれこれ住居跡を観察できるのである。
なかなか綺麗な住居跡だ。
以前じっくりと観察した本町田の遺跡公園に復元されている
住居跡は、もうすこし形がいびつだった気がする。
まあ、こういう復元も職人次第ということか。
きれいな円錐を描く茅葺き屋根に
入り口がひとつあり、
その上に煙抜きの窓がある。
もう少し詳しい記載がこの柵の中に掲示されている。
4500年前といえば、縄文時代中期末にあたる。
縄文時代の中期後半には
東日本では地域色が顕著になるとともに
大規模な集落が出現して遺跡数もピークに達する。
その時代の遺跡ということなので、
きっと類似の遺跡はあちこちに転がっているのだろう。
この手の遺跡の復元住居跡は、他には多摩センターとかにもあるので
そのうちまた見学に行って比べてみよう。
by darjeeling_days
| 2020-01-17 13:50
| Ancient monument:遺跡
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