フィールドレコーディング
2021年 06月 11日
1991年3月31日、wowowの開局とともに始まった
衛星ラジオ放送、St.Giga。
wowowの余った2帯域を使った音声放送で、
テレビをつけて真っ暗な画面で音を聴くという
とても面白い体験のできたいわゆるラジオプログラムだった。
我が家はテニスと洋画見たさに
当初からwowowに加入していたので、
この奇妙なプログラムも自ずと聞くことになったのだが、
St.Gigaのプログラムは、「音の潮流」と称して
一日中「波の音」を流しているような内容だった。
ニュースやCMはおろかトークもなく、
ある時間帯にまとまって音楽を流すという
それまでには無かった面白いシステム。
アナウンサーやDJなどはもちろんいない。
ずっと音を流しっぱなしになっているので、
テレビを見ないときにつけっぱなしにしておくと
妙に心地よかったりしたりしたものだった。
時々「I'm here. I'm glad you are there. We are St. Giga.
こちらはセント・ギガです」とか
「いま波照間島で朝陽がのぼりました」といったナレーションが
こそっとはさまるだけだった。
実はこのSt.Gigaに駒沢敏器がスタッフとして参加しているという話は
プログラムが始まった少し後に本人から聞いていたのだけれど、
その当時は、なるほどなあと思ったぐらいだった。
いま調べてみると、彼はスタッフライターという位置づけで
St.Gigaを紹介する冊子などに文章を書いたり
番組のほんの時々挟まる言葉少ないナレーションを書いたり
いろいろなことをやっていたようだ。
しかし、それだけではなく、一緒にフィールドにでかけ
録音も体験したという。
その様子を彼から聞いていた時は、
一度そんな風に自然の音を録音してみたいかもと
思ったこともあった。
敏器はSt.Gigaで「屋久島の森に1000個の風鈴をぶら下げて」
音を聞くというプロジェクトに参加し
それを著書に残しているのだが、
この話は結構多くの人の共感を呼んだものだった。
その後St.Gigaはノンコマーシャル、ノンDJ、
ノンストップミュージックという
今にしてみるとあまりにも先進過ぎた試みが商業的に受けず、
任天堂の資本参入と同時に極普通のラジオ局的な番組構成にかわってしまい、
僕も興味を失ってしまった。
それから6年ぐらい過ぎた頃、当時頻繁にやり取りしていた
メールに敏器がこんなことを書いてきた。
「ここでひとつお勧めです。
キャンプに行った時などに、人の声やクルマの
音が入らない場所をテントから歩いていける
場所に探して、夜眠る前の1時間くらい、放置
して録音してみてください。人の目につかない
ようにすれば、盗まれることはまずありません。
再生してみてびっくり!
家のなかが森になります。
人の声やクルマの音をどうしても
拾ってしまう場合は、河や渓流など、
水の大きな音を録音するといけます。
元セント・ギガ・スタッフだったことを
我ながら驚いて思い出したコマザワより」
当時僕の興味の95%ぐらいが中国茶に占められており、
フィールドレコーディングとかサウンドスケープには
まるで興味がもてなかったため
敏器の話をスルーしてしまったのだけれど、
いままた彼の残した小説『ボイジャーに伝えて』を読んでいると
いまさらながらに彼の言った
フィールドレコーディングに興味が出てきたのだった。
幸い僕の住む東京郊外は、「ここが本当に都内なのか?」と思うほど
この季節には朝晩、鶯や杜鵑が鳴き、日中はガビチョウがけたたましく囀り
そしてメジロやシジュウカラがチチチと飛んでいく地域だ。
まずはそんな鳥の声や風が木々を揺らす音を撮ってみようかと思い
家人が海外のライブで使っていた
「PanasonicリニアPCMレコーダー LS-100 」を
フィールドレコーディング用機材として使って見ようかと思い
引っ張り出してみた。
そういえば韓国ドラマの「また!?オ・ヘヨン 〜僕が愛した未来〜」で
映画の音声を担当する主役の男性(エリック)が
大型マイクを担いでフィールドレコーディングしている姿を見たときに
敏器のことを思い出したことはあったのだけれど、
やはり『ボイジャーに伝えて』の影響の方が格段に大きかったのは
意識して敏器の経歴をトレースしているからだろう。
残念ながらLS-100 に装着するコンデンサーマイクがないので
いまのところ内臓マイクを使っているのだけれど、
これがなかなか面白い。
普段どれだけ自然の音に無頓着だったかを思い知らされる。
まだ始めたばかりなので、
とにかく音を撮ることが面白いのだけれど、
そこに撮られた音の世界をいろいろとたのしめたらいいなあ。
もちろん自然の音だけじゃなくて
人がかかわっている音だっていいのかもしれない。
人のしゃべる声(出来れ異国の知らない言語だと良い)とか
石畳に反響する足音だったり・・・。
画像が削ぎ落された世界の中で
空気(もちろん空気だけが音を伝達するわけではないけれど)の
流れがもたらす音の世界に耳を澄ますことでもたらされる上等な気分は
本を夢中で読むときのような満足感を与えてくれるのだ。
音は時間がないと存在しないのだし、
時間の中で空気の流れが変わっていくからこそ音があるのだ。
とすると、音を撮ることは時間を撮ることなのかもしれない。
まあそんな哲学的なことは脇に置いておいても、
音を撮るという楽しみはかなり面白い。
そんなことに今頃になって気づくなんて、
ほんと25年ぐらい遅いじゃないかと
敏器にいわれそうだ。
旅先にもいつか器材を持って行って、
フィールドレコーディングをしてみたいものだ。
St.Gigaから生まれた作品
by darjeeling_days
| 2021-06-11 13:00
| gadget:小道具
|
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