LITERARY Switch
2021年 06月 13日
昨日届いた「LITERARY Switch」 5冊。
どの号もとても素敵な作りと内容だ。
このところ、あのころの様々な雑誌、しかも1990年代の雑誌を
あれこれ手に取る機会が多いのだけれど
このころの雑誌は本当に面白かったなあ。
本屋に行く度にいろんな雑誌を買って
家の中が大変なことになっていたこのころ。
今の家に引っ越すときに大量に処分してしまったのだった。
それがとても悔やまれる。
最近の雑誌がたいして面白くないのは、
あのころメインで編集していた編集者の方々多くが
リタイアメントする年代だからか。
それとも雑誌が売れなくなって
いろんな面白かった(僕の好みだった)雑誌が
廃刊になってしまったからか。
敏器の記事を入手するために今買っている「NAVI」も
「SINRA」もみんなすでに無くなってしまっている。
☆彡
話は元に戻るが、この「LITERARY Switch」は1991年に創刊して
1992年9月までの間に集中して5冊発行されている。
どの号にも大好きな池澤夏樹氏が書いているのがたまらない。
さらにポール・オースターのインタビューや短編なども載っている。
もちろん、これらは駒沢敏器の著作をチェイスする一環として入手したのだが、
それをおいておいても、ついつい読んでしまう面白い雑誌だった。
敏器はこのシリーズには3号までContributing Editorという立ち位置で参加している。
敏器の経歴によると1991年にスイッチパブリケーションをやめているので
それが視野に入った立ち位置だったのかもしれない。
しかし、1992年に発行された4号には署名入りで記事を書いている。
ここで注目したいのは、なんといっても
創刊号のポール・オースターのインタビューだ。
これは署名のない記事とインタビューで構成されているのだが、
紛れもなく駒沢敏器の手によるものだ!
柴田さんの翻訳ですでに何とか読んで面白いなと思っていた
ポール・オースターの知られざる一面を明快に解きほぐす
このインタビュー記事は珠玉の一篇だろう。
以前ポール・オースターの手紙が
敏器に貸したNYの写真アルバムに挟まっていたことを
ここ(https://teesta.exblog.jp/21457863/)に書いたけれど
きっとこの取材の後にやりとりした手紙が、僕の家に紛れ込んできたのだなあ。
待てよ、1991年にインタビューが掲載されて、
1991年にこの手紙がポール・オースターからきたということは、
敏器がブルックリンを訪問したのは1990年の夏ということになるわけだが、
それはもしかしたら、ふらりと僕のNYのアパートに敏器がやってきたときのことだろうか?
彼はこれが目的でNYにきていたのだろうか?
詳しく彼の渡米の理由は聞かなかったっけ。
取材でグラマシーパーク近くのホテルに泊まっていることは効いたのだけれど。
ビレッジのおいしいベトナム料理やでご飯食べて、
JazzClubに行ってロンカーターを聞いて、
そのあと、深夜までやっていたCOFFEE SHOPでコーヒー飲んで
ユニオンスクエアの駅で別れたことだけしか覚えていない。
もっと彼の行動に関心を持つのだったなと
今更ながら思ったりする。
by darjeeling_days
| 2021-06-13 13:39
| book:本
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