ビートルズは聴かなかった。それが原因か?
2021年 11月 05日
BRUTUS(ブルータス) が2号続けて村上春樹特集をした。日本では、特に僕らよりちょっと上の世代に絶大なる人気を誇る作家だ。かく言う僕も村上春樹はずいぶん読んだ。というか、今も読んでいるといった方がいいか。嫌いと思って読んで、読み終わってやっぱり嫌いと思い、でも、新刊本が出ると、ついつい手に取ってしまう。そんな作家が、僕に取っての村上春樹なのだ。昔、そんな話を作家の駒沢敏器にしたしたら「そりゃ、好きってことだろ」と言われたことがあった。
結局、それが契機で、「僕は村上春樹が好きなんだ???」と認識するに至ったのだけれど(はっきり好きだというところまではいかない。)、もっとたくさん小説を書いているように思える、でも実は、長編は14編詩しか書いていない村上春樹の長編の中では、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『海辺のカフカ』が好みに近い小説だといえるだろうか。
そんな村上春樹の小説の中には、ビートルズが横たわっているのを感じる。例えば1987年発表の長編小説『ノルウェイの森』は、まさにタイトルがビートルズの1965年の作品から採られていることは有名だ。最近では、『女のいない男たち』には「ドライブ・マイカー」というビートルズの曲からインスパイアされたのではないかと稲垣 伸寿さん(小学館の元編集者で、小学館退職後、現在はForbesなどで映画評を掲載している。)がいう作品(映画化された)や「イエスタデイ」があり、また『一人称単数』の中にはそのまま「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」という短編もある。
結局、それが契機で、「僕は村上春樹が好きなんだ???」と認識するに至ったのだけれど(はっきり好きだというところまではいかない。)、もっとたくさん小説を書いているように思える、でも実は、長編は14編詩しか書いていない村上春樹の長編の中では、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『海辺のカフカ』が好みに近い小説だといえるだろうか。
そんな村上春樹の小説の中には、ビートルズが横たわっているのを感じる。例えば1987年発表の長編小説『ノルウェイの森』は、まさにタイトルがビートルズの1965年の作品から採られていることは有名だ。最近では、『女のいない男たち』には「ドライブ・マイカー」というビートルズの曲からインスパイアされたのではないかと稲垣 伸寿さん(小学館の元編集者で、小学館退職後、現在はForbesなどで映画評を掲載している。)がいう作品(映画化された)や「イエスタデイ」があり、また『一人称単数』の中にはそのまま「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」という短編もある。
一方、もちろんビートルズの曲の多くは知ってはいるが、実は僕はビートルズには嵌らなかった。世代的にいうと、ビートルズ世代の次の世代だったというのはあるのかもしれないが、でも、多くの同級生がビートルズ経由でロックにはまっていったのだから、ビートルズに嵌る契機はあった世代だ。にもかかわらず、僕はビートルズをぶっ飛ばしていきなりブリティッシュハードロックに走って行ってしまったから、ビートルズを身近に感じる機会を逸したのだろう。だから、「ビートルズにインスパイアされて」かかれた小説の本質というのはよく分らないといわざるを得ない。かろうじてビートルズでよく聞いた曲は、"Let It Be"、"Hey Jude"と"yesterday"。あとは、"Paperback Writer"ぐらいだろうか。それ以外は好きだ!と思う曲はそれほどない。むしろ、ビートルズとは波長が合わない。
ビートルズが鳴っている世界をどこかに秘めながら、村上春樹の文学が書き連ねられているのであるなら、やはりビートルズを聞かないと、その小説なりエッセイの本質は理解できないということなのか。うーん、なるほど、もしかしたら、僕の村上春樹嫌いという部分は、ビートルズと波長が合わないという部分にも根本的原因があるのかもしれない。でも、村上春樹が小説家になる前はジャズ喫茶を経営していたという話を聞いたことがあったけれど、では、ジャズの影響はないのか?というと、もちろん、それを感じられる小説だってあるのだろう。例えば、『一人称単数』の「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」なんて、そのものの小説もある。
村上春樹が『ゲッツ/ジルベルト』でスタン・ゲッツにはまったというのをどこかで読んだことがあるのだけれど、スタン・ゲッツの演奏の「どこか冷めた距離感」や「軽やかさに潜む重さ」というのは、まさに村上春樹の小説に通じるところがあるのだろうと思う。そしてそっち側の村上春樹は、スタン・ゲッツにインスパイアされたということならば、僕だって好きということだ。まあ、ビートルズ好きな人には申し訳ないけれど、スタン・ゲッツ好きの村上春樹が、僕は好きだということなのかもしれない。すなわち、村上春樹が嫌い???なのは、僕が「ビートルズを聴かなかった」、それが原因ということなのかもしれない。
ビートルズが鳴っている世界をどこかに秘めながら、村上春樹の文学が書き連ねられているのであるなら、やはりビートルズを聞かないと、その小説なりエッセイの本質は理解できないということなのか。うーん、なるほど、もしかしたら、僕の村上春樹嫌いという部分は、ビートルズと波長が合わないという部分にも根本的原因があるのかもしれない。でも、村上春樹が小説家になる前はジャズ喫茶を経営していたという話を聞いたことがあったけれど、では、ジャズの影響はないのか?というと、もちろん、それを感じられる小説だってあるのだろう。例えば、『一人称単数』の「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」なんて、そのものの小説もある。
村上春樹が『ゲッツ/ジルベルト』でスタン・ゲッツにはまったというのをどこかで読んだことがあるのだけれど、スタン・ゲッツの演奏の「どこか冷めた距離感」や「軽やかさに潜む重さ」というのは、まさに村上春樹の小説に通じるところがあるのだろうと思う。そしてそっち側の村上春樹は、スタン・ゲッツにインスパイアされたということならば、僕だって好きということだ。まあ、ビートルズ好きな人には申し訳ないけれど、スタン・ゲッツ好きの村上春樹が、僕は好きだということなのかもしれない。すなわち、村上春樹が嫌い???なのは、僕が「ビートルズを聴かなかった」、それが原因ということなのかもしれない。
by darjeeling_days
| 2021-11-05 13:00
| music:音楽
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