愛宕神社へ初詣
2022年 01月 02日
昨日、南大沢八幡の長蛇の列を見て、怖気づいてしまったため(このところCOVID-19の感染者、増加傾向にあるしなあ。)、初詣をあきらめたのだけれど、さすがに神社好きな僕が初詣しない訳にはいかないので、今日は午前中に近隣の愛宕神社に初詣に行った。考えてみれば去年も2日に愛宕神社に行ったのだったなあ。最近は南大沢八幡が長蛇の列なので、むしろゆっくりとお参りできる上柚木の守り神の愛宕神社の方が、初詣には向いているのだ。
去年も書いたけれど、愛宕神社の主祭神は火産霊命(神軻遇突智神(かぐつちのかみ)ともいう。)。火伏せの神様として有名で、東京では、港区愛宕一丁目の山頂にある愛宕神社が有名だけれど、愛宕神社の総本社は、京都右京区嵯峨愛宕町にある愛宕神社だ。
不思議なことに、この京都の愛宕神社本殿に祭られた主祭神は、火産霊命ではなく、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、埴山姫神(はにやまひめのみこと)、天熊人命(あめのくまひとのみこと)、稚産霊神(わくむすびのかみ)、豊受姫命(とようけびめのみこと)と、すべて女神だ。
伊弉冉尊は火産霊命を生んだ母神で、埴山姫神(土の神様)は、火産霊命を生んだ伊弉冉尊から後日生まれた神で、さらに稚産霊神は火産霊命と埴山姫神の間に生まれた子(頭に蚕と桑が、臍(へそ)の中に五穀が生じたという、五穀豊穣の神)。そして天熊人命は、ちょっと毛色の変わった神で、月夜見尊に殺された保食神(うけもちのかみ)の死体から生じた神だ。オオゲツヒメや宇迦之御魂神と同一視されることもある。そして、保食神と同じような意味を持つ神である豊受姫命(伊勢神宮の下宮の神様)は、稚産霊神の娘にあたる。要するに、本社に祭られている神は、火の神というよりも、火の神が生まれたことによって生じた”食物の神”たちだということだ。
そして若宮に祭られているのが火産霊命で、これがメインの神様になったのは、どのような理由があったのだろうか・・・。京都愛宕神社は修験道の祖とされる役行者と、白山の開祖として知られる泰澄が開祖したということなので、それが理由で火伏・防火に力が入ったのだろうか。
不思議なことに、この京都の愛宕神社本殿に祭られた主祭神は、火産霊命ではなく、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、埴山姫神(はにやまひめのみこと)、天熊人命(あめのくまひとのみこと)、稚産霊神(わくむすびのかみ)、豊受姫命(とようけびめのみこと)と、すべて女神だ。
伊弉冉尊は火産霊命を生んだ母神で、埴山姫神(土の神様)は、火産霊命を生んだ伊弉冉尊から後日生まれた神で、さらに稚産霊神は火産霊命と埴山姫神の間に生まれた子(頭に蚕と桑が、臍(へそ)の中に五穀が生じたという、五穀豊穣の神)。そして天熊人命は、ちょっと毛色の変わった神で、月夜見尊に殺された保食神(うけもちのかみ)の死体から生じた神だ。オオゲツヒメや宇迦之御魂神と同一視されることもある。そして、保食神と同じような意味を持つ神である豊受姫命(伊勢神宮の下宮の神様)は、稚産霊神の娘にあたる。要するに、本社に祭られている神は、火の神というよりも、火の神が生まれたことによって生じた”食物の神”たちだということだ。
そして若宮に祭られているのが火産霊命で、これがメインの神様になったのは、どのような理由があったのだろうか・・・。京都愛宕神社は修験道の祖とされる役行者と、白山の開祖として知られる泰澄が開祖したということなので、それが理由で火伏・防火に力が入ったのだろうか。
上柚木の愛宕神社は、本来の愛宕神社に八雲神社を合祀しているので、我らが素戔嗚尊も主祭神に鎮座しているわけで、さらに八幡神社も合祀されているため、駅近くの南大沢八幡へお詣りするのと同じ神様が祀られているわけだ。
1987年に僕の住んでいる地域を開発するために現在地に遷座したらしく、その意味でも、本来はこちらの愛宕神社にお参りすべきだったということを、今頃になって知ったのだった。古社とは言われているが、いつ頃創建したのかはわからないとされている。この一帯は、古くは室町から戦国時代にこの辺りを統治した大石定久の居城あとが柚木村(下柚木の永林寺)にあったので、大栗川一帯には、古くから人が住んでいたのだろう。縄文時代には、この一帯も縄文時代の住居の中心地といえるほどの住居跡などが発掘されているので、書物には残っていない、ひっそりとしたでも、相当な歴史があったのだろう。そんな遥か昔からの歴史のどこかで、どのような経緯でこの愛宕神社がこの地に祭られたのか、なんだかとても興味深かった。
1987年に僕の住んでいる地域を開発するために現在地に遷座したらしく、その意味でも、本来はこちらの愛宕神社にお参りすべきだったということを、今頃になって知ったのだった。古社とは言われているが、いつ頃創建したのかはわからないとされている。この一帯は、古くは室町から戦国時代にこの辺りを統治した大石定久の居城あとが柚木村(下柚木の永林寺)にあったので、大栗川一帯には、古くから人が住んでいたのだろう。縄文時代には、この一帯も縄文時代の住居の中心地といえるほどの住居跡などが発掘されているので、書物には残っていない、ひっそりとしたでも、相当な歴史があったのだろう。そんな遥か昔からの歴史のどこかで、どのような経緯でこの愛宕神社がこの地に祭られたのか、なんだかとても興味深かった。
上柚木には、この愛宕神社の他に上柚木神明神社があり、さらに西に行くと鑓水には諏訪神社、東側には、越野日枝神社、下柚木御嶽神社、南側には南大沢八幡神社があり、思いのほか各種の神様がいらっしゃるのだが、そんな地域で、この愛宕神社を詣でるというのも、家内安全、厄除け成就、勝利祈願や出世開運など、様々なご利益があるからだ。そして何しろ、素戔嗚尊だからね。今年はいろいろと変化のある年なので、一番信仰している神様にお参りするのが一番なのである。今年も無病息災で過ごせますようにとお祈りしておいた。
ちなみに、去年後半から興味のある”おみくじ”を引いたら、”大吉”だった。新年から縁起が良くてうれしい限りだ。
ちなみに、去年後半から興味のある”おみくじ”を引いたら、”大吉”だった。新年から縁起が良くてうれしい限りだ。
愛宕神社
住所:東京都八王子市上柚木2-19

by darjeeling_days
| 2022-01-02 11:00
| shrine:神社・稲荷神社
|
Comments(0)







