七十二候 第二候「黄鶯睍睆」の旬

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立春。二十四節気の最初の節。そして2月09日の今日は、その次候「黄鶯睍睆(うぐいす なく)」がスタートする。”黄鶯睍睆”という暦については、昨年書いた。
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では、この”黄鶯睍睆”の旬は、なんだろうか?

実は、この時期の旬の野菜は”さやえんどう”なのだという。

さやえんどうとは、エンドウのさやを若どりしたものがさやえんどうというらしい。ちなみにえんどうの新芽を食べるのがトウミョウ(豆苗)だとか。エチオピアから中央アジアにかけての地域が原産で、紀元前より存在しツタンカーメンの墓から出土するなど、古代ギリシャ、ローマ時代でも栽培されていた、歴史のある野菜だという。もともと麦類の間にあった雑草が、豆科のもつ根粒菌により栽培が進んだものと考えられている。

日本へは7~8世紀頃に中国から渡来したといわれている。若いさやの状態で中の豆がある程度膨らんでからそのグリーンの柔らかい豆の状態で収穫する”さやえんどう”として栽培するようになったのは、江戸時代になってかららしい。そして本格的な栽培は明治・大正時代からだという。

当時は絹さやの卵とじ、絹さやの胡麻酢味噌和え、絹さやと新じゃがの味噌汁などにして食べられていたらしいが、いまや肉巻き、フリット、八宝菜などさまざまな料理にる買われる一般的な野菜になっている。

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さらに、”黄鶯睍睆”という季節にちなんで”鶯餅”がこの時期の旬とされる。

鶯餅は、御膳餡を包んだ求肥の両端をつまみ、青きな粉をまぶして鶯の姿や羽色を表した、春ならではの趣あるお菓子で、虎屋によると1909年(明治42年)に発売しているという。

しかし、鶯餅の歴史は、もう少し古く、天正年間(1580年代)の頃、大和郡山(現在の奈良県大和郡山市)の郡山城の城主であった豊臣秀長が兄の豊臣秀吉を招いた茶会を開く際に「珍菓を造れ」と命じ、御用菓子司であった菊屋治兵衛が餅をつくり献上した。秀吉はその餅を大いに気に入り「以来この餅を鶯餅と名付けよ」と菓銘を下賜したのが、鶯餅の由来だといわれる。

テレワーク中に付き、鶯餅は食べられないが、来週出勤したら、近所の和菓子屋を探索して、鶯餅食べてみよう

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by darjeeling_days | 2022-02-09 15:30 | calendar:暦・歳時記 | Comments(0)

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