半蔵門周辺の坂を歩く
2022年 07月 15日
今日はテレワーク。折しも、東京のCOVID-19の感染者数は昨日16662人。7月1日の段階で3546人だったのになあ。今月からテレワークできるようにしたのは良かったということだろう。感染が急拡大しているのは、オミクロン株のBA.5がはびこり始めたということらしい。これは、「免疫逃避」が起きやすいウイルスだということらしい。昨日丁度4回目のワクチン接種の案内が来て、丁度前回から5か月たった8月12日に予約したところ。やっぱりじじいは、ちゃんとワクチン接種しておかないとねえ。割と周りの人間がコロナ感染したという話きいているので、ちょっとランチの外食も控えめにして、弁当を中心にまた耐えしのぐのだろう。
ということで、最近テレワークだと、早朝から夜遅くまで移動がない分よりしっかり仕事してしまい、”俺ってワーカホリックだった?”とか思ったりする。まあ、それだけやることが多いということなのだけれどね。もう少しスタッフ増やして楽したい・・・笑。
こんな状況なので、オンとオフのメリハリはつけないといけない。今日みたいな雨のオフには、このところ早朝にオフィス近隣を歩いて思ったことなどを、PCやiPadの地図アプリなどで確認してみるのがちょっとしたブームになっている。
ということで、最近テレワークだと、早朝から夜遅くまで移動がない分よりしっかり仕事してしまい、”俺ってワーカホリックだった?”とか思ったりする。まあ、それだけやることが多いということなのだけれどね。もう少しスタッフ増やして楽したい・・・笑。
こんな状況なので、オンとオフのメリハリはつけないといけない。今日みたいな雨のオフには、このところ早朝にオフィス近隣を歩いて思ったことなどを、PCやiPadの地図アプリなどで確認してみるのがちょっとしたブームになっている。
ブラタモリ的な話しなのだが、この辺り、実は坂がとても多い。半蔵門駅の南側、丁度新宿通りあたりをピークにして、南北に下っている。以前書いたように、市ヶ谷や九段下側から半蔵門方面に歩くと登りになる
一方、赤坂方面への下っていくことになるのだ。自ずと、この周辺には坂が多い訳で、この坂も歴史のある坂が結構あったりするのだ。さて。まずは、この辺りの標高がどうなっているのかというのをみてみると以下の地図をご覧いただきたい。
地図の中心に半蔵門がある。うっすらと横に伸びる線が新宿通りにあたる。北側が九段下、あるいは市ヶ谷側、左側に四谷があり、南側は赤坂、赤坂見附になる。ちょうど皇居を内堀がぐるりと囲っているが、さらにその外側に水道橋、市ヶ谷、四谷、赤坂見附と外堀が囲む。
実は皇居より半蔵門、そして麹町の方が標高が高い。つまり、この外堀の内側の台地のピーク(頂)は、麹町あたりになる。したがって、そこから四方に標高が下がっているのだけれど、麹町半蔵門当たりは、横に伸びる稜線状になっていて、新宿通りを上下(南北)に坂が伸びるという構造になっているわけだ。
実は皇居より半蔵門、そして麹町の方が標高が高い。つまり、この外堀の内側の台地のピーク(頂)は、麹町あたりになる。したがって、そこから四方に標高が下がっているのだけれど、麹町半蔵門当たりは、横に伸びる稜線状になっていて、新宿通りを上下(南北)に坂が伸びるという構造になっているわけだ。
さて、Google Mapと標高地図と見比べると面白い。Google Mapだと標高がわからないけれど、標高地図だとまさに凹凸がわかるので、こっち方面は坂が下っているというのがわかるわけだ。そしてGoogle Mapに記載されている坂の名前を標高地図に当てはめてみると、なるほど、ここを下っている坂がこんな名前なのかというのがわかって面白い。
これらの坂には、名前のある物ない物など、あれこれある。大抵名前が付いているのは、江戸時代から存在していた坂ということらしい。
これらの坂には、名前のある物ない物など、あれこれある。大抵名前が付いているのは、江戸時代から存在していた坂ということらしい。
わがオフィスからほど近い、新宿通りを南側に下がる場所に「貝坂」がある。平河町一丁目3番地と4番地の間を北から南へ下る坂だ。もともと半蔵門外一帯を古い地名では貝塚と呼んでいたことがあるようで、貝塚があったからだともいわれているとおり、そこから名前が付いた坂だといわれる。さらに、甲斐の国に向かう甲州街道の一里塚があったので、この辺りの人たちが甲斐坂と呼んでいたことから名前が付いたらしい。
平河天満宮の少し南側、城西大学にそって東側に下るのが”中坂”だ。何の変哲もない坂なのだけれど、江戸時代には合った坂というのが、歴史的といえばそうなのだろう。中坂の表示には「元禄四年(一六九一)の地図にはまだ道ができていませんが、宝永(一七○四)以降の図を見ると町屋ができ、現在の道路の形とほとんど違いがないことがわかります。中坂の名称についての由来ははっきりしませんが、中坂をはさんで北側に町屋、南側に武家が並んでいる形をみると、中坂の名称のおこりはあんがいこのへんにあるのかもしれません。」と書かれている。ふむ、説明もなんか凡庸だ。
この辺りで一番名が知れているのは三宅坂だろう。他にも貝坂の西側、プリンス通りは諏訪坂があり、半蔵門駅の北側のの駅前通りは永井坂、国立劇場の北側の坂は鍋割坂と呼ばれる。こうしてこの小さなエリアだけでも結構な数の江戸時代からの坂があって、ぶらり歩くのも楽しい。
今度は番長あたりの、有名人の居住地址巡りをしても楽しいかもしれない。
この辺りで一番名が知れているのは三宅坂だろう。他にも貝坂の西側、プリンス通りは諏訪坂があり、半蔵門駅の北側のの駅前通りは永井坂、国立劇場の北側の坂は鍋割坂と呼ばれる。こうしてこの小さなエリアだけでも結構な数の江戸時代からの坂があって、ぶらり歩くのも楽しい。
今度は番長あたりの、有名人の居住地址巡りをしても楽しいかもしれない。

by darjeeling_days
| 2022-07-15 22:41
| walking:散歩
|
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