懐かしのDeep Purpleと、知らないDeep Purple
2022年 10月 06日
会社帰りに、なんか眠くてシャキッと目を覚ましたいなあと思ったので、久しぶりにSpotifyでDeep Purpleを聞いた。
Deep Purpleといえば、いまだにCMなどでスモークオンザウォーターとかバーンが流れ、きっと誰もが一度は効いたことがある曲なのではないか。CMに起用されるほど有名なブリティッシュハードロックバンドということだ。
Deep Purpleといえば、いまだにCMなどでスモークオンザウォーターとかバーンが流れ、きっと誰もが一度は効いたことがある曲なのではないか。CMに起用されるほど有名なブリティッシュハードロックバンドということだ。
僕が初めて彼らを知ったのは、小学校6年のころ。姉貴がロック好きで、毎日のように聞かされていた上に、姉が初来日した彼らを武道館に見に行く際に付いて行ったのがロックの洗礼を受けた最初の出来事だった。いやはや、最初の体験が後からしてみれが最高の洗礼だったわけだから、その後、僕がどっぷりとハードロックに嵌るのも無理もなく時間の問題だったというわけだ。
中学時代になると、自分でギターを弾き始め、当時崇拝に近い気持ちを抱いていたDeep Purpleのギタリスト、リッチー・ブラックモアのギターをコピーしたものだった。小学校6年の時に見たDeep Purpleは、パープルの歴史の中で最高峰といわれるメンバーによる、最も素晴らしい楽曲が演奏された黄金時代。いまだにあの時の武道館ライブは、”Live in Japan”(英文名はMade in Japan)として、名作の名を欲しいままにしている。
しかし、その後2度目の来日直後にボーカルのイアン・ギランとベーシストのロジャー・グローヴァー が脱退し、黄金時代は終結。僕が高校時代になり再度武道館ライブを見に行った時には、ボーカルはその後ホワイトスネイクを結成したデイヴィッド・カヴァデールとやたら声を張り上げるベース&ボーカルのグレン・ヒューズに変更され、崇拝していたリッチー・ブラックモアの代わりにトミー・ボーリンがステージに上がっていた。そのライブの際のトミー・ボーリンのギターは最悪で(どうやら麻薬のせいで指が動かず、ボトルネックを多用することでごまかしていた)、これがあのDeep Purpleかと落胆したのを覚えている。
一方同時期にリッチー・ブラックモア率いるレインボウも見に行ったけれど、こちらもなんだかこじんまりとまとまってしまっている感じがして、あの熱気を帯びた黄金時代の第二期Deep Purpleはどこへ行ってしまったのかという感じだった。
中学時代になると、自分でギターを弾き始め、当時崇拝に近い気持ちを抱いていたDeep Purpleのギタリスト、リッチー・ブラックモアのギターをコピーしたものだった。小学校6年の時に見たDeep Purpleは、パープルの歴史の中で最高峰といわれるメンバーによる、最も素晴らしい楽曲が演奏された黄金時代。いまだにあの時の武道館ライブは、”Live in Japan”(英文名はMade in Japan)として、名作の名を欲しいままにしている。
しかし、その後2度目の来日直後にボーカルのイアン・ギランとベーシストのロジャー・グローヴァー が脱退し、黄金時代は終結。僕が高校時代になり再度武道館ライブを見に行った時には、ボーカルはその後ホワイトスネイクを結成したデイヴィッド・カヴァデールとやたら声を張り上げるベース&ボーカルのグレン・ヒューズに変更され、崇拝していたリッチー・ブラックモアの代わりにトミー・ボーリンがステージに上がっていた。そのライブの際のトミー・ボーリンのギターは最悪で(どうやら麻薬のせいで指が動かず、ボトルネックを多用することでごまかしていた)、これがあのDeep Purpleかと落胆したのを覚えている。
一方同時期にリッチー・ブラックモア率いるレインボウも見に行ったけれど、こちらもなんだかこじんまりとまとまってしまっている感じがして、あの熱気を帯びた黄金時代の第二期Deep Purpleはどこへ行ってしまったのかという感じだった。
結局、1976年にデイヴィッド・カヴァデール、トミー・ボーリン、グレン・ヒューズが脱退し、Deep Purpleは解散。そういう時代だったのだね。
しかし、1984年には第二期黄金時代のメンバーでDeep Purpleが再結成された。これはちょと奇跡みたいな話なのだけれど、やっぱりリッチーとイアンの中の悪さがその際も払拭できていなくて、結局イアンが脱退し、その後1992年に復帰するも、今度は1993年にリッチーが脱退し、二人の溝はその後修復不可能となってしまったのだった。
その後は2002年にジョンロードが体調の関係で脱退し、オリジナルメンバーはイアン・ペイス唯一人となってしまった。しかし、黄金時代を築いたイアン・ギラン、ロジャー・グローバー、そしてイアンペイスの3人がその後もDeep Purpleを続け、現在まで至っている。
僕が知っている最近のDeep Purpleは、ジョン・ロードが癌で2012年に亡くなったあとの2014年まで。息子と一緒に高校時代以来本当に久しぶりに武道館ライブを見に行ったのだった。イアン・ペイスのドラムは健在だったけれど、イアン・ギランの声の衰えは著しく、すっかり聞く気が失せてしまったというのが正直なところだろうか。みんな爺さんだものね。
そんな僕の音楽遍歴は、季刊Darjeeling Days Vol.12に書いてます。
https://www.tearecipe.net/dd/dd12.pdf
僕が最後に買った彼らのCDは『バナナズ』 - Bananas (2003年発表、第9期)。それ以降の曲はほどんど知らなかった。2014年の武道館ライブがあとから、CDになったのを知ったけれど、結構昔の懐かしい曲をやってくれたので、楽しむことはできたのだけれど、最近の曲を積極的に聴いてみようとは思わなかった。
でも、ついついSpotfyには、彼らのアルバムをあれこれ聞けるので、僕の知らないDeep Purpleをあれこれ聞いてしまったのだった。
2019年、2021年と彼らはアルバムを発表しているのだけれど、今回聞いてやっぱり昔のハードロックの面影はないなあとちょっと落胆した。Deep Purpleは、やはりリッチー・ブラックモアとジョン・ロード(そしてそれにイアンペイスのドラムが加わった形)のいないバンドでは無理ということなのかもしれない。
ちなみに、リッチーは、1997年に奥さんのキャンディス・ナイトと共にブラックモアズ・ナイトを結成。それは中世音楽みたいで好きじゃなかったけれど、2010年からは再びレインボーを結成し、ライブ活動をしているようだ。2019年には「リッチー・ブラックモアズ・レインボー、上昇し続けるパフォーマンス」というライブレポートが出ていたりして、やはりDeep Purpleの正統派後継者はリッチーなんだよなあと思った。リッチーの作ったDeep Purple時代の曲も演奏しているらしい。せめてドラムにイアンペイスを向かい入れたらいいのにと、いまだに思うのだけれど、もう無理なんだろうね。
でも、ついついSpotfyには、彼らのアルバムをあれこれ聞けるので、僕の知らないDeep Purpleをあれこれ聞いてしまったのだった。
2019年、2021年と彼らはアルバムを発表しているのだけれど、今回聞いてやっぱり昔のハードロックの面影はないなあとちょっと落胆した。Deep Purpleは、やはりリッチー・ブラックモアとジョン・ロード(そしてそれにイアンペイスのドラムが加わった形)のいないバンドでは無理ということなのかもしれない。
ちなみに、リッチーは、1997年に奥さんのキャンディス・ナイトと共にブラックモアズ・ナイトを結成。それは中世音楽みたいで好きじゃなかったけれど、2010年からは再びレインボーを結成し、ライブ活動をしているようだ。2019年には「リッチー・ブラックモアズ・レインボー、上昇し続けるパフォーマンス」というライブレポートが出ていたりして、やはりDeep Purpleの正統派後継者はリッチーなんだよなあと思った。リッチーの作ったDeep Purple時代の曲も演奏しているらしい。せめてドラムにイアンペイスを向かい入れたらいいのにと、いまだに思うのだけれど、もう無理なんだろうね。

by darjeeling_days
| 2022-10-06 21:56
| music:音楽
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