史跡田名向原遺跡へ
2022年 12月 25日
クリスマスの今日、とてもいい天気で、風もなく絶好のお出かけ日和。家人は、いまいちぱあっとしないので、家でまったりしているというから、スーパーカブで出かけることにした。
どこに行こうか、Googel Mapであちこち探してみていたら、相模川の近くに「田名向原遺跡」と、その発掘物などを展示している資料館があるらしいことがわかったので、出かけてみることにした。
どこに行こうか、Googel Mapであちこち探してみていたら、相模川の近くに「田名向原遺跡」と、その発掘物などを展示している資料館があるらしいことがわかったので、出かけてみることにした。
宮ケ瀬に行ったのと同じように橋本から16号にでるのだが、今日は橋本五差路から129号線を南下し、上溝南高校前まですすみそこを右曲がり相模川まで直進。突き当りを左折すると、その先に遺跡公園があった。
我が家からは、30分ぐらいの割と近い場所だ。子供が小さかった頃、よく車でこの辺りはデイキャンプに来たものだったなあ。懐かしいけれど、なんだかすっかり風景が変わっていた。もう20年ぐらい前だものね。
我が家からは、30分ぐらいの割と近い場所だ。子供が小さかった頃、よく車でこの辺りはデイキャンプに来たものだったなあ。懐かしいけれど、なんだかすっかり風景が変わっていた。もう20年ぐらい前だものね。
この田名向原遺跡は、相模川が見渡せる場所にある、旧石器時代から古墳時代までの複合遺跡だ。旧石器時代とは、縄文時代よりもさらに1万年ほどさかのぼる氷河期の後期で、狩りをする黒曜石の尖頭器が作られていた時代。土器はまだなかったらしいのだが、そんな時代に、巨大な住居型の遺跡が発見されたのだという。
その遺構物を再現した公園になっているのが、この「田名向原遺跡」なのだ。藁ぶきの竪穴式住居は縄文時代の物を再現したらしいが、住居にしては小さいので、川に向けて見張り小屋のような役割をはたしていたのではないかと言われているらしい。
その遺構物を再現した公園になっているのが、この「田名向原遺跡」なのだ。藁ぶきの竪穴式住居は縄文時代の物を再現したらしいが、住居にしては小さいので、川に向けて見張り小屋のような役割をはたしていたのではないかと言われているらしい。
その縄文の竪穴式住居に比べると4倍ぐらい大きな敷地に、炉の跡や柱の跡が残された旧石器時代の住居型の遺跡のレプリカが作られていた。
どうやらここは住居ではなく、長野(蓼科など)から運び込まれた黒曜石を加工した工房ではないかと言われている。旧石器時代というとなんとなく洞穴に住んでいた人たちみたいなイメージがあるが、すでに交易がおこなわれ、定住的な遺跡もこうして残っているのがなんとも面白い。確実に建物であることがわかる旧石器時代の遺跡は、ここと大阪府藤井寺市はさみ山遺跡の竪穴建物など、10例程度しか見つかっていないのだという。
僕が育った町田市本町田には、遺跡が沢山出て、いまでも遺跡公園というのがあるのだけれど、その時代よりもさらに1万年以上さかのぼる時代に、こんな巨大な住居型の遺構があるなんて、なんとも面白い。
どうやらここは住居ではなく、長野(蓼科など)から運び込まれた黒曜石を加工した工房ではないかと言われている。旧石器時代というとなんとなく洞穴に住んでいた人たちみたいなイメージがあるが、すでに交易がおこなわれ、定住的な遺跡もこうして残っているのがなんとも面白い。確実に建物であることがわかる旧石器時代の遺跡は、ここと大阪府藤井寺市はさみ山遺跡の竪穴建物など、10例程度しか見つかっていないのだという。
僕が育った町田市本町田には、遺跡が沢山出て、いまでも遺跡公園というのがあるのだけれど、その時代よりもさらに1万年以上さかのぼる時代に、こんな巨大な住居型の遺構があるなんて、なんとも面白い。
さらに面白いことを、この公園にいたガイドの方に聞いた。なんとこの一帯からは弥生の遺跡がまったくでていないのだという。旧石器時代、縄文時代、そしていきなり古墳時代の古墳がでてくるのだという。縄文時代の大規模集落は東北、信越、関東など東日本に多く分布する傾向があるといわれるが、一方で、弥生時代になると東海地方以西の西日本に集落が多く分布する。やはり弥生人が、中国大陸・朝鮮半島南部から稲作をもってやってきたからということなのだろうか。
道を挟んで向かい側に、史跡田名向原遺跡旧石器時代学習館というのがあって、そこにここで出土した石器などが展示されている。また、この遺跡がどのような性格のものだったのか、この石器がどのように使われていたのかなど、こどもでも理解できるように、きちんと整理され展示されていた。ボランティアのガイドさんが丁寧にあんなしてくれるので、さらにわかりやすく、小一時間、旧石器時代の生活に思いを馳せることになったのだった。ここはまたじっくりと見学に来よう。
もう一つ面白いのが、相模原は、古い遺跡がたくさん残っているのに、古墳時代以降はあまり都市としては発展せず、江戸時代になって開発されたのだという点。なぜ、この地域がわすれさられてしまったのだろうか?逆にお隣の町田は意外と古くから発展していたらしいので、そんな郷土史を訪ね歩くのもおもしろいなと思った。
もう一つ面白いのが、相模原は、古い遺跡がたくさん残っているのに、古墳時代以降はあまり都市としては発展せず、江戸時代になって開発されたのだという点。なぜ、この地域がわすれさられてしまったのだろうか?逆にお隣の町田は意外と古くから発展していたらしいので、そんな郷土史を訪ね歩くのもおもしろいなと思った。
遺跡を後にして、久しぶりに相模川あたりをぶらぶらしようと走っていると、懐かしい場所にでた。望地弁天キャンプ場だ。このキャンプ場はなんどか焚火をしに来たっけ。すっかり綺麗になっていて驚いた。最近のキャンプブームの影響だろうか。さらに上流に行くと高田橋より上流に、やはりよく焚き火をしに行った上大島キャンプ場というのがあって、こんどのんびり走ってそこまでいこうかなと思った。
望地弁天キャンプ場近くの田園風景で、ついでにスーパーカブの撮影会をした 笑。オートバイって、ついつい写真を撮りたくなる被写体だなあ。このカブをインスタにUPするようになったら、イイネの数が7~8倍増えたのには驚いた、。カブファンが多いということなのだろうね。
望地弁天キャンプ場近くの田園風景で、ついでにスーパーカブの撮影会をした 笑。オートバイって、ついつい写真を撮りたくなる被写体だなあ。このカブをインスタにUPするようになったら、イイネの数が7~8倍増えたのには驚いた、。カブファンが多いということなのだろうね。
田名向原遺跡
住所:神奈川県相模原市中央区田名塩田3丁目23
電話:0427776371
https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/shisetsu/kouen_kankou/kouen_ryokuchi/1003083.html
住所:神奈川県相模原市中央区田名塩田3丁目23
電話:0427776371
https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/shisetsu/kouen_kankou/kouen_ryokuchi/1003083.html

by darjeeling_days
| 2022-12-25 13:00
| Ancient monument:遺跡
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