年賀状しまい・・・
2023年 01月 15日
2018~19年ぐらいから、SDG’sと称して年賀状をやめますという企業が増えてきた。SDG’sは体の良い言い訳なのだけれど、確かに毎年大量の年賀状を出すのは、企業にとっては負担になっているのだろうと思う。その部分に関しては賛同しなくもない。僕も、会社関係者への年賀状は来年から最低限に絞って、SNSやらメールでもOKな人にはそれで新年の挨拶をしようかななどと思っている。
一方で、同じく、一昨年ぐらいから「今年で年賀状をおしまいにします」といういわゆる「年賀状しまい」いなることをする友人が増え始めている。いわゆる「終活」の一端としてそんな風潮が生まれたとされているけれど、そんな習慣が一般的になるのは、個人的にはなんだかなあと思わざるを得ない。
一方で、同じく、一昨年ぐらいから「今年で年賀状をおしまいにします」といういわゆる「年賀状しまい」いなることをする友人が増え始めている。いわゆる「終活」の一端としてそんな風潮が生まれたとされているけれど、そんな習慣が一般的になるのは、個人的にはなんだかなあと思わざるを得ない。
普段連絡を取っていない昔の友人などの場合、唯一年賀状で消息が分かるような友人から年賀状が届くと、おお、彼は元気にやっているのだななどと確認できるわけだけれど、「年賀状しまいします。」なんて言う便りが届くと、うがった見方なのかもしれないけれど「はあ、もう僕とは切れたいのね」とか「彼(彼)は、僕とはその程度だったのか」などと思ってしまい、あまり気分が良いものではない。むしろフェイドアウトしてくれたほうがいい。
もちろん、普段からSNSなどでつながってやり取りしている友人ならそんな選択肢もあるのだろう。でもねえ・・・。
割と昔から年賀状の好きな僕は、年賀状しまいなど、思ってもいないことなのだけれど、どうもこういうのもいわゆる一つの流行りとか風潮なのかもしれない。年賀状って日本の良い風習だと思うのだけれどなあ(昔から年賀状はめんどくさくて嫌いという人が多く、無理に出していた人には、なんとも「年賀状しまい」という風習は、ありがたいものなのかもしれないけれどね・・・。)。
確かに中には義理で年賀状をやりとりしている人がいるので、 この年賀状しまいというのは、一つの良い手段なのかもしれない。でも、もし僕がするとしたら、一度年賀状を送るのを絶ってみて、そのまま相手から年賀状が届かなければそれでいいのではないかとおもうのだ。僕だって今までも、そうやって年賀状の数は減らしては来た。でも、やはりこの人の消息は知っておきたいという人には、これからも年賀状は出すのだろうな。
だから、そんな消息を知りたい友人から、年賀状しまいの案内が届くのは、なんともさみしい風潮だなと、僕は思う。

私も面倒だと思いつつ
年賀状を出すのもいただくのも大好きなので
最近の「年賀状終い」ブームはとても寂しく思います。
年賀状を出すのもいただくのも大好きなので
最近の「年賀状終い」ブームはとても寂しく思います。
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by darjeeling_days
| 2023-01-15 10:30
| life:生活一般
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Comments(2)




