『山本彩香 とー、あんしやさ 琉球料理の記憶と味の物語』
2023年 03月 29日
2005年8月に沖縄に初めて行った際、当時足しげく沖縄に出かけていた駒沢敏器におすすめの店を聞いたことがあった。もちろん彼の答えは「琉球料理乃山本彩香」。ここは「息子が小さいとはいえ、必ず行くべき店だ」といわれた。ほかにおすすめの店は、居酒屋ぐらいだというのが彼の答え。もちろん、ほかにも、基地近くのタコライス発祥の店とか、行くべき沖縄そばの店とか、そしてハンバーガーの店やアップルパイの店を教えてもらった。
ならばと、とうじまだ9歳だった息子が大丈夫かという懸念は置いておいて、山本彩香さんの店には行くことにした。敏器が予約を取ってくれた。
その山本彩香さんを取材し、敏器はSwich Publishingが発行しているCoyoteという雑誌に2007年9月から2008年6月まで、「とー、あんしゃさ」と題する記事を連載した。写真は、料理教室仲間の関博さん。敏器は、この連載をさらに続けて、ぜひ本にしたい、いやしなくちゃいけないのだと言っていたのだった。もともとは、当時電通にいたさとなお氏との企画だったらしい。本にするとSwitchの新井さんがいうので、Coyoteに記事を連載してくれたSwitchにファーストオプションがあるけれど、結局Coyoteが休刊されていたり、いろんなしがらみがあって、なかなか本にできない。でも、山本さんを取材できる期間も限られているので、それが無理なら映像で残すということも考えているのだと、敏器からはメールで聞いた。さとなお氏と出版社の関係というのは、今一難しい関係にあったようだ。結局、連載の再開も、本の出版もできないまま、敏器は逝ってしまった。
僕らは、敏器のお別れ会でSwitchの代表新井さんに、ぜひ「とーあんしゃさ」を本にして欲しいとお願いしたのだった。
ならばと、とうじまだ9歳だった息子が大丈夫かという懸念は置いておいて、山本彩香さんの店には行くことにした。敏器が予約を取ってくれた。
その山本彩香さんを取材し、敏器はSwich Publishingが発行しているCoyoteという雑誌に2007年9月から2008年6月まで、「とー、あんしゃさ」と題する記事を連載した。写真は、料理教室仲間の関博さん。敏器は、この連載をさらに続けて、ぜひ本にしたい、いやしなくちゃいけないのだと言っていたのだった。もともとは、当時電通にいたさとなお氏との企画だったらしい。本にするとSwitchの新井さんがいうので、Coyoteに記事を連載してくれたSwitchにファーストオプションがあるけれど、結局Coyoteが休刊されていたり、いろんなしがらみがあって、なかなか本にできない。でも、山本さんを取材できる期間も限られているので、それが無理なら映像で残すということも考えているのだと、敏器からはメールで聞いた。さとなお氏と出版社の関係というのは、今一難しい関係にあったようだ。結局、連載の再開も、本の出版もできないまま、敏器は逝ってしまった。
僕らは、敏器のお別れ会でSwitchの代表新井さんに、ぜひ「とーあんしゃさ」を本にして欲しいとお願いしたのだった。
あれから11年。4月1日にSwitch Publishingから『山本彩香 とー、あんしやさ 琉球料理の記憶と味の物語』が発行される。
流れというものは、自然とあるべき方向に流れるのだなあ。そう思ったのは、昨年7月に発行した『ボイジャーに伝えて』が敏器逝去10年の時を経て発行されたことにある。『ボイジャーに伝えて』はいつか発行したいと思っていた編集者と、昔読んだ小説に感銘をうけ、世に出したいと思っていた出版社、そして敏器の応援団であるMorgen Rote編集部の仲間たちの敏器の作品を残したいという意向が重なり必然的に発行された。そしてその発行があったから、この本も出版されることになったのだった。
『ボイジャーに伝えて』が発行されることを、風鯨社の鈴木さんがバイタリティーを発揮し、面識もないSwitchの新井さんに伝えに行った。鈴木さんからは事前に「新井さんにお会いしますがなにかお伝えすることはありますか?」と聞かれた僕は「「とー、あんしゃさ」はどんな具合ですかと聞いてください」とお願いしたのだ。鈴木さんが訪問したすぐ後に、新井さんから「今はまだ「とー、あんしゃさ」ではありません」というメールを受け取った。が、『ボイジャー』の評判が思いのほかよかったためだろうか?新井さんから急に「一度お会いできませんか」との話が飛んできた。
そこからとんとん拍子に話が進んでいったのだった。僕がやったのは、Switchに著作権継承者の方を繋いだことと、資料提供のみ。あとは新井さんが全部取り仕切った。そして、こうしてここに『山本彩香 とー、あんしやさ 琉球料理の記憶と味の物語』が発行されることになった。発行日は、去年のうちから山本彩香さんの誕生日の”4月1日”だと決まっていた。
流れというものは、自然とあるべき方向に流れるのだなあ。そう思ったのは、昨年7月に発行した『ボイジャーに伝えて』が敏器逝去10年の時を経て発行されたことにある。『ボイジャーに伝えて』はいつか発行したいと思っていた編集者と、昔読んだ小説に感銘をうけ、世に出したいと思っていた出版社、そして敏器の応援団であるMorgen Rote編集部の仲間たちの敏器の作品を残したいという意向が重なり必然的に発行された。そしてその発行があったから、この本も出版されることになったのだった。
『ボイジャーに伝えて』が発行されることを、風鯨社の鈴木さんがバイタリティーを発揮し、面識もないSwitchの新井さんに伝えに行った。鈴木さんからは事前に「新井さんにお会いしますがなにかお伝えすることはありますか?」と聞かれた僕は「「とー、あんしゃさ」はどんな具合ですかと聞いてください」とお願いしたのだ。鈴木さんが訪問したすぐ後に、新井さんから「今はまだ「とー、あんしゃさ」ではありません」というメールを受け取った。が、『ボイジャー』の評判が思いのほかよかったためだろうか?新井さんから急に「一度お会いできませんか」との話が飛んできた。
そこからとんとん拍子に話が進んでいったのだった。僕がやったのは、Switchに著作権継承者の方を繋いだことと、資料提供のみ。あとは新井さんが全部取り仕切った。そして、こうしてここに『山本彩香 とー、あんしやさ 琉球料理の記憶と味の物語』が発行されることになった。発行日は、去年のうちから山本彩香さんの誕生日の”4月1日”だと決まっていた。
この本がこうして発行されたことはとてもうれしかったのだけれど、それ以上に感動したのが、池澤夏樹さんが帯と後書きを書いてくれたことだ。
池澤さんは、敏器と面識がなかったと書いている。一方、敏器さんは池澤夏樹さんを尊敬し、『夏の朝の成層圏』から愛読し、『カデナ』を絶賛した。自分の手掛けた『伝説のハワイ』が池澤さんの『ハワイイ紀行』に取り上げてもらえたと、大層喜んでいたのを、僕はいまだによく覚えている。そんな池澤さんに『とー、あんしやさ』をほめてもらえて、本望だろう。
なにしろ、「上司(Switchの新井さんのこと。)が池澤さんに会わせてくれないんだよ」と愚痴をいってたことも、僕は覚えている。是非二人には敏器の生前に実際に会って、山本彩香さんの店で春雨(敏器の好きだった泡盛)で盃を交わしてほしかったと、僕は心から思う。
池澤さんは、敏器と面識がなかったと書いている。一方、敏器さんは池澤夏樹さんを尊敬し、『夏の朝の成層圏』から愛読し、『カデナ』を絶賛した。自分の手掛けた『伝説のハワイ』が池澤さんの『ハワイイ紀行』に取り上げてもらえたと、大層喜んでいたのを、僕はいまだによく覚えている。そんな池澤さんに『とー、あんしやさ』をほめてもらえて、本望だろう。
なにしろ、「上司(Switchの新井さんのこと。)が池澤さんに会わせてくれないんだよ」と愚痴をいってたことも、僕は覚えている。是非二人には敏器の生前に実際に会って、山本彩香さんの店で春雨(敏器の好きだった泡盛)で盃を交わしてほしかったと、僕は心から思う。
Amazon
https://amzn.to/3Ztytc0
Switch Publishing Co., Ltd
https://www.switch-store.net/SHOP/BO0115.html

by darjeeling_days
| 2023-03-29 20:30
| book:本
|
Comments(0)






