比々多神社へ初詣
2024年 01月 06日
今日は、どこかで湧水を汲んで、コーヒーツーリングしようと家を出たのだけれど、宮ケ瀬まで走ってきたところで、早戸川の林道が走れないことがわかり、ならば秦野方面にいってみようかなと思い、走り出した。
秦野の出雲大社相模分祠までいけば、千年の杜に竜蛇神の湧水があったよねと思ったから。そのため、神奈川県道514号線、県道64号線を走り、駅の道清川で休憩した後、七沢を抜け伊勢原日向まで。そこから伊勢原市道1号線にエスケープして、さらに高部屋を右折。そのまま県道612号線(上粕屋南金目線)に行き当たり左折すると、東名高速の高架を過ぎると国道246号線に入る。で、ここまで走ってきて、そういえば、この脇道右手にはいると、去年のGWにふらりとカブ散歩した時に立ち寄った比々多神社があるのを思い出し、初詣方々立ち寄ってみることにした。
秦野の出雲大社相模分祠までいけば、千年の杜に竜蛇神の湧水があったよねと思ったから。そのため、神奈川県道514号線、県道64号線を走り、駅の道清川で休憩した後、七沢を抜け伊勢原日向まで。そこから伊勢原市道1号線にエスケープして、さらに高部屋を右折。そのまま県道612号線(上粕屋南金目線)に行き当たり左折すると、東名高速の高架を過ぎると国道246号線に入る。で、ここまで走ってきて、そういえば、この脇道右手にはいると、去年のGWにふらりとカブ散歩した時に立ち寄った比々多神社があるのを思い出し、初詣方々立ち寄ってみることにした。
比々多神社については前回結構細かく書いたので、ここでは割愛するとしても、主祭神が豊斟渟尊(トヨクムヌノミコト)またの名を豊国主尊というのが面白い。
記紀神話では、その存在だけが出て来るだけの、原始的な神様。まだ日本の地が伊弉諾伊弉冉によって作られるよりもはるか昔の神様なのだ。それもそのはず、ここには縄文の環状列石が裏手にある、神社の元祖的な存在でもあるのだから。
記紀神話では、その存在だけが出て来るだけの、原始的な神様。まだ日本の地が伊弉諾伊弉冉によって作られるよりもはるか昔の神様なのだ。それもそのはず、ここには縄文の環状列石が裏手にある、神社の元祖的な存在でもあるのだから。
そんなことを知ってか知らずか、新年あけて1週間後の(でもまだ幕の内か)6日にも、初詣に来ている人が結構いるのだった。
境内は前回とあまり変わっていないけれど、お正月らしく新春の装いが施されていた。特に、境内に上って祈祷してもらう人用のテントなども設置されていて、華やかな賑わいがあった。
とりあえず、僕は普通に新春の感謝の意を表し、お参りしておいた。
境内は前回とあまり変わっていないけれど、お正月らしく新春の装いが施されていた。特に、境内に上って祈祷してもらう人用のテントなども設置されていて、華やかな賑わいがあった。
とりあえず、僕は普通に新春の感謝の意を表し、お参りしておいた。
干支の絵馬なども用意されていて、それを境内にぶら下げている人が多かったのだけれど、考えてみると、こうして神社に寄るたびにこうして絵馬を自分で写真に撮るのだけれど、実は自分で願いを書いて奉納したことはないなあ。今度どこかの神社で絵馬に願い事を書いてみようか。といっても、絵馬に書くほどの願い事はなくて、基本すべてのことが問題なくスムーズに進みますように、みなが健康でありますようにというぐらいなのだけれど。
相模の國は、相模川に沿って古くから町が開発されてきたのだけれど、縄文遺跡が多いのに比べ、弥生遺跡が少ないともいわれている。でも、ここには古墳が残されていて、縄文、弥生とかなり古くから重層的にこの地で神を祀ってきたのだということが判るのが面白い。
そんな神社を今でもこうして新年から多くの人が訪れるのは、なんとも面白いと思う。
そんな神社を今でもこうして新年から多くの人が訪れるのは、なんとも面白いと思う。

by darjeeling_days
| 2024-01-06 11:00
| shrine:神社・稲荷神社
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