お惣菜のまつおか
2025年 02月 26日
デパートの惣菜売り場って、なかなか面白い。
最近、家人が義父母の施設問題で、外出することが多く、夕食にはデパートで買った食材が並ぶことが多い。
どうしても、年を取ると、脂っこいものだとか、味の濃いものがダメになり(嫌いになるという意味ではなく、健康的見地からNGという意味)、おのずと和食が増えることになる。
洋食も中華も大好きだったのに、回数が減る。日本人のDNAを持つ僕として、やはりすんなり食べることができるものが和食という物なのだろう。
家人もより一層そういう傾向が高いため、和食総菜が多くなるのだが、デパートで見まわしてみると、意外と和の惣菜の数は多くない。
京都の料亭のお惣菜を売るコーナーはどこのデパートにも存在するのだけれど、日本の家庭料理の惣菜をそのまま出すような店が少ないのは、やや残念におもう。
そんな中で、僕が好きなのは、「お惣菜のまつおか」だ。
日本橋髙島屋や新宿伊勢丹にも店をだす、家庭の食卓に並ぶようなお惣菜を取り扱う店なのである。
最近、家人が義父母の施設問題で、外出することが多く、夕食にはデパートで買った食材が並ぶことが多い。
どうしても、年を取ると、脂っこいものだとか、味の濃いものがダメになり(嫌いになるという意味ではなく、健康的見地からNGという意味)、おのずと和食が増えることになる。
洋食も中華も大好きだったのに、回数が減る。日本人のDNAを持つ僕として、やはりすんなり食べることができるものが和食という物なのだろう。
家人もより一層そういう傾向が高いため、和食総菜が多くなるのだが、デパートで見まわしてみると、意外と和の惣菜の数は多くない。
京都の料亭のお惣菜を売るコーナーはどこのデパートにも存在するのだけれど、日本の家庭料理の惣菜をそのまま出すような店が少ないのは、やや残念におもう。
そんな中で、僕が好きなのは、「お惣菜のまつおか」だ。
日本橋髙島屋や新宿伊勢丹にも店をだす、家庭の食卓に並ぶようなお惣菜を取り扱う店なのである。
まつおかのコンセプトは、「季節や旬の味を大切にした「おふくろの味」」。料理があまり上手ではなかった母のおふくろの味がなんだったのか、今一記憶はないのだけれど、やはり家庭料理の和の味わいというのは、なんかすっと心が穏やかになって、嬉しく思う。このなんとも言えない、食べて落ち着くという気持ちは、どんなに美味しいフレンチやイタリアン、あるいは中華料理であっても、持つことのできない日本人としての脈々として受け継がれてきた感性なのではないかと思ったりする。
まつおかのお惣菜が他にお惣菜に比べ、「トランスペアレンシーが高い」とか、「無添加を徹底している」とか、そういうほっとするとか「安心安全」であるということではなく、何気ない料理が嬉しいという意味での「ほっとする」ということなのだ。
肉じゃが、生芋こんにゃく、かぼちゃのうま煮など、「創作料理」ではない家庭の味が嬉しい訳だ。
たとえば、同じお惣菜でも「なだ万」、「美濃吉」、「柿安」等の惣菜は、家庭では作れないけれど、優しい和の惣菜というイメージが強い。なので、家庭料理よりは上(というか、店の味)であることを如実に商品があらわしている。
というわけで、たまには、高級料亭の味を気軽に家庭でというお惣菜も良いのだけれど、やっぱりまつおかのような何気ない和の惣菜の一品が好きなのである。
まつおかのお惣菜が他にお惣菜に比べ、「トランスペアレンシーが高い」とか、「無添加を徹底している」とか、そういうほっとするとか「安心安全」であるということではなく、何気ない料理が嬉しいという意味での「ほっとする」ということなのだ。
肉じゃが、生芋こんにゃく、かぼちゃのうま煮など、「創作料理」ではない家庭の味が嬉しい訳だ。
たとえば、同じお惣菜でも「なだ万」、「美濃吉」、「柿安」等の惣菜は、家庭では作れないけれど、優しい和の惣菜というイメージが強い。なので、家庭料理よりは上(というか、店の味)であることを如実に商品があらわしている。
というわけで、たまには、高級料亭の味を気軽に家庭でというお惣菜も良いのだけれど、やっぱりまつおかのような何気ない和の惣菜の一品が好きなのである。

by darjeeling_days
| 2025-02-26 19:40
| Japanese food:和食
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