軽井沢から八ケ岳へ!

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碓氷峠のメガネ橋を堪能した後向かったのが、碓氷峠の頂上の県境。

そのまま、ずんずんと碓氷峠を登っていく。

この峠道、新幹線を走らせることができないほどの急こう配なのだけれど、いままで越えてきた志賀坂峠や妙義山の麓への登りに比べれば、あまり大したことはなかった。もちろん、道が綺麗に整備され、峠を登る場合にはすんなり走れていい感じのワインディングだった。

碓氷峠は、旧道がきついので、今では国道18号線ももう少し妙義山よりにバイパスを作っているし、新幹線はもう少し北側に進路を取っている(といっても、新幹線の場合は、トンネルもあるし、相当北側をかなり早い段階から回り込み、傾斜を押さえているのだけれど。)。昔の人は、なぜここを通ったんだろう?いずれにせよバイパスも県境の峠部分は結構なカーブの連続なのだけれどね。

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碓氷峠は麓からカーブごとに番号が振られていて、全部で184番ある。

つまり184のカーブがあるというわけだが、これは日光のいろは坂の比ではない。東秩父の旧坂急カーブを越えているので、碓氷峠の旧道の坂道はそんなにきつくは感じない。何よりも高低差が張るはずなのだけれど、カブで3速で登れてしまうのだから、きついという感じはしなかった。

ところどころ、鐡道遺構が残っていて、横川から軽井沢まで廃線跡を歩くツアーなどもあるようだが、歩くのなら軽井沢から下るのがいいかもしれない。

明治時代のレンガ造りの架橋は、めがね橋だけではなく、結構な数があるらしいし、トンネルも昔サイズなので、結構面白いようだ(閉鎖恐怖症だからくぐりたいとは思わないが。)。

そうこうしているうちに、184番目のカーブを越え、長野県軽井沢町に突入した。

峠は普通、越えるとそこから下るのだけれど、登り切った後、ここはそのまま平坦な道が軽井沢の市街地まで続く。だからやはり軽井沢は高地にあるのだなと、こうしてたくさんのカーブをこなして峠を越えると実感するのが面白い。

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折角だから、軽井沢駅前の茜屋に寄って一息ついて食後の珈琲でも飲もうかと思ったのだけれど、さすが休日。11時前だというのに既に満席で入れず。

仕方がないのでそのまま軽井沢の駅前を通過して、再び国道18号線に合流した。

軽井沢のこの18号線沿いにも、いろんな店があるので、立ち寄ろうかと思ったのだけれど、やはりどこも混んでいるようだった。

一応興味のありそうな店はあらかじめピックアップしておいたのだけれど、外に行列できているのを見ると、いいや、暑いからこのまま佐久まで走ってしまえと通り過ぎてしまった。それに、意外と開店時間が遅い店くて、まだ空いてない店が多かった・・・。

ちなみにピックアップした店は以下のとおり。
 『カフェ』
 ・丸山珈琲 軽井沢本店(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1154-10)
 ・ラウンドアバウトカフェ(〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢野沢原1323-1387)
 ・Bon Okawa 軽井沢チョコレートファクトリー(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1323-80)
 ・ミネルバ茶房(長野県北佐久郡軽井沢町長倉離山2009)
 ・森のカフェ 軽井沢南ヶ丘(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1052-662)
 ・離山房(長野県北佐久郡軽井沢町長倉820-96)
 ・NONE cafe 軽井沢(のねかふぇ)(長野県北佐久郡軽井沢町長倉2778-15)
 ・カフェシュクレ軽井沢焙煎所(長野県北佐久郡軽井沢町長倉2955-15)
 ・Karuizawa Commongrounds/軽井沢コモングラウンズ(長野県北佐久郡軽井沢町長倉鳥井原1690-4)
 『パン屋』
 ・Truffle bakery 軽井沢店(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢字中道1210ー31)
 ・Mel ミル(長野県北佐久郡軽井沢町長倉3018-3)
 ・01BAKERY(長野県北佐久郡軽井沢町長倉2213-8)
 ・Bakery&Restaurant Koo(長野県北佐久郡軽井沢町追分84-2)
 ・農家のパン屋 ちしゃぱん(長野県北佐久郡御代田町馬瀬口277-2)
 ・ベーカリー モッキ(長野県御代田町御代田3923-22)
 ・ドイツパン屋グーテ・ラウネ(長野県北佐久郡御代田町面替421-1 コミュニティキッチン結)
 ・

旧軽方面に足を延ばせばよかったのかもしれないけれど、まあ軽井沢何故かまた来るからいいやってなってしまったのだった。

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御代田の馬瀬口で国道18号線を離脱して、長野県道9号線を南下。

佐久平と呼ばれるだけあって、畑の広がる盆地の中をまっすぐ走る感じがよかった。

途中で長野県道138号線に合流すると、佐久の中心地へ。

下仁田で少しだけ走った国道254号線が内山峠を越えてここまで伸びてきていて、合流した。この道も大昔走ったことがあるけれど、神津牧場、荒船山などを見に、また走ってみたいなあ。

途中寄ろうと思っていた「蕎麦処 いろは」をうっかりスルーしてしまい、仕方がないので、道の駅 ヘルシーテラス佐久南へ向かう途中で、蕎麦屋を探すことにした。

佐久はお蕎麦屋さんが多いので有名。美味しい蕎麦、食べたかったんだよね。

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ということで立ち寄ったのが、国道254号線と国道142号線が一緒に走る佐久合同庁舎の隣の「そば処浅間」。割と新しいお店らしく、料亭を改装した蕎麦屋ということで、結構人気だった。大きな店なのと、開店間もなかったので、すんなり入ることができ、てんぷらそばを注文。

細めの美味しい蕎麦だった。

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お腹が満ちたので、ついでにすぐ近くの道の駅 ヘルシーテラス佐久南へ。

群馬側からビーナスラインへアプローチするライダーが、いつも立ち寄っている道の駅。今回初めて訪問。

この季節、本当に暑くて道の駅はオアシスだ。

シャインマスカットソフトを食べて一休み。

長野の名産があれこれ置いてあるけれど、佐久の名物って何だろう?佐久と言えば「鯉」だから、鯉の佃煮とか鯉の煮物などは売られているのだけれど、それ以外は?と思い、道の駅の中を一回りしてみた。

そうしたら「矢島の凍み豆腐」と味噌が有名らしい。なんと信州みその発祥は、佐久の安養寺なのだとか。知らなかったなあ。

あとは蕎麦。佐久平は蕎麦の産地でもあるので、蕎麦の乾麺などがいろいろと売られていた。

今では米も取れるので、地酒があれこれあるらしいが、僕は飲まないので、このあたりのことは全く無知・・・。

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道の駅で一休みした後向かったのは、少し南下したところにある佐久穂町の「大沢大石棒」。

読んで字のごとく、1m以上の大きな石棒が畑の真ん中にどんと鎮座しているのだ。ここはずっと前から一度来てみたかった場所。この夏に足を延ばせて、本当にうれしい。

で、これはなにかというと、大正時代に縄文遺跡から出土した石棒らしい。これを見つけた人が、畑に立てたのだとか。

ちょっと前に劣化が著しいので、本物は近隣に保管されることになり、今建っているのは石のレプリカ。それでも、めちゃ雰囲気は味わうことができた。

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次に向かったのは、懐かしの松原湖。

佐久穂町で国道141号線に入り南下。

この辺りは小海とか海ノ口とか、海の名前がついているだけれど、大昔に八ケ岳が爆発して、大きな湖ができたので、それを「海」と呼んだというのが由来らしい。その名残が松原湖なのだろうか?

松原湖は小海町にあるいい感じの湖なのだけれど、実は「猪名湖(いなこ)」、「長湖(ちょうこ)」、「大月湖(おおつきこ)」という3湖の総称らしい。一番大きなのが猪名湖で、これが松原湖と呼ばれている。

887年の仁和地震により、天狗岳山体が崩壊し、岩屑なだれにより丘陵地の窪地を流れる大月川がせき止められて氾濫し、生成された自然湖ということなので、「海」の由来とは関係なさそうだった。

本当なら、湖畔から天狗岳や稲子岳が望めるのだけれど、残念ながら今日は八ヶ岳に雲がかかっていて、それらの山並みは見ることができなかった。

湖畔の社と童謡『北風小僧の寒太郎』の碑を見に行こうとしたら、車両通行止めになっていたので断念。

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その後、長池の横を走り海尻にでて、国道141号線に復帰。

そのままひたすら南下を続けると、南牧村の海ノ口を過ぎたあたりで、八ケ岳から黒雲が流れてきているのが見えた。そして対向車線を走ってくるバイクのライダーがみな雨具を着ているのが見えた。それでも、海ノ口から野辺山に登る「市場坂」は問題なくクリア。もうすぐ野辺山駅なので、このまま走ろうと思っていた矢先、急に雨がふぢらした。しかもゲリラ豪雨級の大雨で、一気に大粒の雨がシールドにあたり始めたので、諦めて巣部に雨具を取り出して着込み、動画撮影していたカメラをしまい込んだ。

幸い、野辺山の駅前を通り、国立天文台 野辺山宇宙電波観測所の近くまで行ったときには雨が止んだ。しかし、今日はなにやらイベントをやっていて、一般の人は、入場できないとのこと。残ながら諦めて、そのまま鐡道最高地点の碑まで向かうことにした。

昔は国鉄最高地点の碑というのが国道141号線の横に立っていたのだけれど、いまは公園のように整備され、石碑も昔のものとは違うものになっていた。

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そこから清里まではもうすぐそば。

少し坂道を下って行き、かの有名なカレーやROCKのところの交差点を右折すると清里駅にでた。

清里駅にくるのは、ほんと何年ぶりだろう。

この一帯は、若かりし頃の遊びのホームグラウンドだ。

初めて清里に来たのは高校1年の時。はじめて一人旅したのがここ。清里のユースホステルに泊って知り合った人たちと県営牧場とか清泉寮や千ヶ滝などを訪問したっけ。

そしてその翌年に、町田の喫茶店のノートで知り合った同じ高校の同級生と冬に旅に来て、清里駅に降り立ったのが1977年。高校二年の時。喫茶店のノートからミニコミ誌を作ることになり、その時の旅でそんな構想を二人で話あったものだった。その時の友人が、「駒沢敏器」だった。そして僕らの「MORGEN ROTE」が誕生したのだった。

その後バブル期に向かって清里はannon族が大挙して訪れるチロリン村のようになっていってしまい、僕らは隣の甲斐大泉に遊びの拠点を移したのだけれど、あれから40年以上たって、すっかり落ち着きを取り戻した清里は、休日なのにシャッターの閉まっている店もあったけれど、ミルクポットなどの建物も残っていたりして、なんか不思議な様相を呈していた。

まあ、ROCKのある一帯が萌木の村として再生されているので、観光客などはそちらに向かうことになるのかもしれない。

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そして清泉寮に向かおうと、駅前のとおりを線路沿いに折れ、ポールラッシュ通りに入ろうとしたとき、その角にたつ「喫茶ミルク」がOPENしているが見えた。

このミルクこそ、17歳の時に駒沢敏器と一緒にまだ赤岳登山をする客しか下りない木造の駅舎に降り立って、雪の道をぶらぶら歩いている時に見つけた喫茶店だった。

あまりにも懐かしすぎて、吸い込まれるように店に立ち寄ってしまったのだった。

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by darjeeling_days | 2025-07-27 13:30 | motorcycle:オートバイ | Comments(0)

美味しいものを食べて、旅して、写真を撮って、本を読む。そんな日常の極上の楽しみを切り出した、至極個人的なブログです。https://www.tearecipe.net/


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